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2016.08.17更新

原発推進勢力の反撃と岐路に立つ脱原発アクション
原発ゼロへのカウントダウン in かわさきチラシ 福島第一原子力発電所事故から、3年が経過しようとしています。
 この間の原発を巡る情勢を概観すると、事故後、日本の全ての原子力発電所が停止し、脱原発の声は国民の過半数を超え、毎週金曜日の官邸前行動に人々は集い、政府を脱原発政策に宣言させました。しかし、大飯原発は再稼働、その後、原子力規制員会及び新規制基準と言う名の新たな安全神話創出制度が作られ、再稼働のレールが引かれました。政府は、エネルギーのベストミックスという使い古されたスローガンの名の下に、原子力は「重要なベースロード電力」と位置づけ、一度は息の根を止めたかに思えた原発推進政策は、再び、息を吹き返そうとしています。のみならず、政府と原発メーカーは結託して、あくなき利潤追求のために、世界中に原発を売りさばこうと必死です。
 これに対し、市民の抵抗は弱体化しています。時の経過とともに原発問題は風化・マンネリ化し勢いを失い、官邸前や集会に集う人は減少傾向にあります。
 福島原発事故から3年目。
 脱原発を求めるアクションは、原発推進勢力を突き崩す有効な闘いが展開できず疲弊し、続々と再稼働をされてく原発を前になすすべなく立ちすく1年になるか、岐路に立っています。

3.16「原発ゼロへのカウントダウン in かわさき」集会
 2014年3月16日(日)、事故後3回目となる原発ゼロへのカウントダウン in かわさき」集会を行います。以上のような情勢に置いて、川崎で大規模集会を成功させ、脱原発を求める声がまだまだ風化しておらず、大きいことを示すことは、歴史的意義があります。
 集会には、メインゲストとして、高桑千恵さん(東京電力柏崎刈羽原発の再稼働に反対する運動)島昭宏さん(原発メーカー訴訟・弁護士)、上原公子さん(脱原発をめざす首長会議事務局長・元国立市長)村田弘さん(福島原発かながわ訴訟原告団)の4名をお招きしお話しを伺い、原発立地、地方自治体、福島現地、そして国際的な原発を巡る闘いの今があらゆる角度からわかる集会となっています。さらに、日本国内のみならず台湾で反原発活動をしている方もゲスト参加されます。リレートークでは、10組の川崎地域でのさまざまな活動をしている方々から、地域での多様な取り組みを紹介します。集会だけでなく、30のブース出店もあり、展示の他、食べ物の出店や小さな子ども楽しめる活動もしており、お祭りとしても楽しめます。詳細は、チラシデータをご覧下さい。
 是非、多くのかたにご参集お願いいたします。

[フェイスブックページ] https://www.facebook.com/genpatsuzero
[ホームページ] http://www.genpatsu-zero.com/index.html

会場:中原平和公園(川崎市中原区)(最寄り駅・東急東横線・元住吉駅)

タイムテーブル
10:30 集会開始 ひろばOPEN
12:00 文化行事
13:00 メイン集会
14:30 デモ行進

投稿者: 川崎合同法律事務所

2016.08.17更新

 「何が秘密か、国民や政治家に知られないまま、官僚が秘密をどんどん増やせる、大きな欠陥を抱えた特定秘密保護法案」(朝日新聞)が強行採決された。世論調査にみられるとおり、国民の多数が反対しているにもかかわらず、政府与党は、数を頼みに法案の成立に猛進した。議事録速報を見ても法案が参院特別委員会で成立したと認めらる記載がない、といった手続的にも疑問の多い国会審議であった。

 法の問題性は、成立直後に現れた。石破発言である。法案審議段階で、国会前での拡声器を使った反対運動をテロ呼ばわりしたことでも時の人となったが、成立後の発言は、法によって知る権利が危うくなったことを如実に示すものとなった。石破茂自民党幹事長は、日本記者クラブなどで「報道することによってわが国の安全が危機に瀕することがあれば、何らかの方法で抑制されることになるだろう」「国の安全に大きな影響があると分かっているのに、報道の自由として報道する。処罰の対象とならない。でも大勢の人が死にました、となればどうなるか」と述べたという。前者の発言は後に訂正したというが、後者はその訂正後の発言である。結局、石破幹事長は、秘密を報道の自由の名の下に報道してはならない、自粛すべし、と報道機関に求めているのである。石破発言は、法が、知る権利に奉仕する報道機関の役割を否定するものであることを示す何よりもの証左となったいえよう。また、石破幹事長は、記者から「かつてニューヨークタイムズが秘密文書ペンタゴンペーパーズを暴露したが、こうした報道も罰せられるのか」と問われ、「最終的には司法の判断だ。内容によるのではないか」と答えたという。報道機関が「秘密」を暴いて報道したとき、それは捜査の対象になり、逮捕、捜索・差押え等が行われることを示唆した、といえよう。「秘密」への接近、取得、暴露等の行為があったときにもっとも重視すべきは、警察による逮捕、捜索・差押え等がなされてしまうことである。後に訴訟において無罪になったとしても、捜査段階で受けた痛手は取り返せるものではないからである。ここからも法の危険性がその裂け目から見えてくる。

 冒頭で触れたとおり、何が秘密かも秘密であり、秘密は増殖する。ここに好個の例がある。かつて那覇市長が自衛隊那覇基地内のASWOC(対潜水艦戦作戦センター)建築図面を市民の求めに応じて公開しようとしたことに対し、国が差し止めと公開処分禁止を求めて裁判となった。私も那覇市長の弁護団の一員となったのだが、那覇地裁は、那覇市長勝訴の判決の中で同建物の秘密性を認めなかった。この建物は、現在、沖縄都市モノレールからも見ることができ、自衛隊第5航空群のホームページでも写真が掲載されている。ところがである。沖縄タイムズ(11月21日付)によれば、同紙がこの建物の撮影を自衛隊に申し入れたところ、「場所を知らせることで第三者にねらわれる可能性がある」との理由で、拒否された、という。第三者に知られないようにとの理由では、秘密は際限なく広がってしまう。基地、ロケット発射地、原発の所在場所、護衛艦等の入出港、等々少し考えただけでもそれは果てしなく広がっていく。とにもかくにも、裁判所が秘密でないと言おうが、モノレールから見えようが、ホームページに掲載されていようが「秘密」は「秘密」なのだ。こうした異様な例は、かつての日本では普通だった。

 1987年4月発行の横浜弁護士会編『資料 国家秘密法』(花伝社)には、戦前の日本の秘密保護法制の適用実態の具体的事例が数多く紹介されている。「広島へ帰る船中で呉軍港内の軍艦を指して、その性能、構造を他の乗客に説明」「三菱重工の従業員が自宅で兄に、爆撃機の発動機が双発であると話した」「土地分譲宣伝のため、印刷物に海軍電気通信所の全景を掲載」「宇佐航空隊格納庫と滑走路の一部を撮影」等々が軍機保護法違反とされた。沖縄タイムスに対する自衛隊の対応を見ると、こうした事例がたんなる戦前の話として聞き流すわけにはいかなくなる。

 特定秘密保護法は、知る権利、報道の自由への侵害法としてだけでなく、日本の安全保障政策に深く関わっている。

 自民党が策定した「防衛を取り戻す 新『防衛計画の大綱策定に係る提言』」(2013年6月4日)は、基本的安全保障政策として次のとおり今後の施策を提起している。
①憲法改正と『国防軍』の設置
②集団的自衛権の容認、国家安全保障基本法の制定
③国家安全保障会議(日本版NSC)の設立
④情報の官邸一元化、「秘密保護法」の制定
⑤国防の基本方針の見直し
⑥防衛省改革

 上記のとおり、特定秘密保護法は、日本のこれからの安全保障政策の一環として位置づけられ、集団的自衛権容認、国防軍設置、憲法改正へ連なり、展開していくものなのである。日本版NSC、特定秘密保護法は成立した。上記のうちの③④が今国会ですでに実現した、ということだ。それに加え、安倍政権は12月11日「新防衛大綱」の基本理念を「統合機動防衛力」とするとともに、武器3原則を見直し、国家安全保障戦略に愛国心を盛り込むとし、12日には今後5年間の防衛費を24兆7000億円へ増額することを決定した。こうして⑤⑥も着実に実施されつつある。残るは①②ということになるが、集団的自衛権については、内閣法制局長官人事、政府の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」での議論に見られるとおり、憲法9条の解釈変更での実現がねらわれ、国家安全保障法の制定も近いといえよう。これは法による改憲だ。

 「秘密の次は共謀か」と朝日新聞、「内閣支持率の急落もなんのその、安倍晋三首相が『警察国家』『戦争できる国』に向けて一気にアクセルを踏み込んだ」と東京新聞は報じた。「捜査機関による濫用の恐れ」「市民団体等の活動が処罰対象になりかねない」と危惧されているが、特定秘密取得罪等への共謀の罪がより一般化して、事前の話し合いだけで処罰される法ができたなら、それは言論抑圧・社会統制法の役割を果たすことになろう。

 いまや、日本は、憲法秩序と異なる統治システムに変わる分岐点にさしかかっている(同旨青井未帆学習院大教授)。日本国憲法そのものの存在が問われている時代だ。澎湃としてわき起こった秘密保護法反対運動を力に、日本国憲法そのものの存在を守る運動が期待される。

投稿者: 川崎合同法律事務所

2016.08.17更新

 私が所属している横浜弁護士会の貧困問題対策本部と消費者問題対策委員会とが2011年に共同で立ち上げた自殺問題対策プロジェクトチームは、今年も、神奈川県地域自殺対策緊急強化交付金事業から補助金を受けて自殺対策の取り組みを行なっております。

 昨年は、「就活自殺」をテーマに、相談会、シンポジウムを開催し、多くの市民の方にご参加いただきましたが、今年は、同じ若者の自殺の問題の中でも、正社員として就職できたにもかかわらず自殺に追い込まれてしまう「ブラック企業と若者の自殺」の問題について、2月22日に横浜弁護士会館を会場としてシンポジウムを行いました。

 シンポジウムは、若者からの労働相談を毎年数百件受けているNPO法人POSSEの代表である今野晴貴さんと、当会会員でブラック企業被害対策弁護団でも活躍されている嶋崎量弁護士、ブラック企業に対して現在訴訟準備中の当事者の方をお招きして開催しました。

 シンポジウムでは、現在、急激な成長を遂げるIT、外食、介護、小売といった業界で「ブラック企業」が急激に成長・増加していること、そこに定義さえ不明確な「正社員」という謳い文句に惹かれて急激に若者が取り込まれていっていること、若者の嗜好の変化という問題とブラック企業の問題が混乱して捉えられていることの危険性などが指摘され、被害者の救済の具体的事例のご紹介などもありました。来場された市民の方からは、「ブラック企業の実態のすごさに驚いた」「知人や家族などに話してあげるつもりです」「再度開催を希望します」といったご意見を多数いただきました。

 14年連続で3万人を超えた自殺者数が、近年2年連続で3万人を切ったというニュースはとても喜ばしいですが、20~39歳の各年代の死因の第1位は自殺であるという現状は未だ変わってはいません。シンポジウムの開催は、ブラック企業で使い捨てにされ苦しむ若者を一人でも多く助けたいという決意を新たにする機会となりました。

投稿者: 川崎合同法律事務所

2016.08.17更新

Ⅰ.日産自動車、日産車体で働いていた非正規労働者8000人が雇い止めにあった事件で、5人の原告が、横浜地裁に、日産自動車、日産車体等4社、を被告として、地位確認、損害賠償請求等を求めている訴訟が、2009年5月の提訴以来4年半の審理を経て昨年11月に結審しました。

Ⅱ.この裁判は、裁判所の異常な偏見に満ちた訴訟指揮に対し、裁判官を忌避し、弁論更新を経た後、昨年4月から毎月全1日の証人尋問(原告5人、証人9人)を7月まで実施、原告側だけでも28回も準備書面(最終書面だけでも430頁)を提出し、証拠も数百提出され、傍聴者が毎回傍聴席を埋め尽くすという大訴訟でした。

Ⅲ.審理を通じ、被告日産で、①異常なまでに多数かつ多様な派遣法違反や各種法令違反の存在と、②①が全グループ的・継続的なものであることが明らかになり、③それら違法行為は、組織的計画的に常用代替禁止原則の脱法、ひいては「解雇権濫用法理」の脱法を狙っておこなわれたことが立証されました。

Ⅳ.このような「脱法目的により非正規労働契約の悪用」が、30年前に15%に過ぎなかった非正規労働者が2013年には36.2%実に5人に2人が「非正規労働者」という惨状を導いたのです。就活自殺、未婚率の増大、少子化などの主要な要因の一つも「非正規化」によるワーキングプアーの激増です。

Ⅴ.今年3月25日に予定される判決言渡しにおいて、被告らの強欲な利益追及目的のためになされた組織的脱法行為により「物」として切り捨てられた原告らを、被告らに雇用責任を負わせることで救済し、約2000万人の非正規労働者ひいては我が国の未来に一条の光を与えることこそ、裁判官に求められる憲法的責務だと思います。

投稿者: 川崎合同法律事務所

2016.08.17更新

 昨年秋から、米国のロースクールで学んでいます。

 米国のロースクールは留学生が多く、国際色豊かです。そのためか、私の受講している国際人権法関連の授業で「国際人権水準というけれども、人権とは結局西洋的価値観では?」という問いかけが、特にマイノリティー出身の研究者から何度となくなされます。そもそも、「人権」に該当する言葉は日本語にもともとあるのか、それとも翻訳なのか、と聞かれて、ルーツを調べるとやはり翻訳なのでした。

 そのような中で、先日読んだ文献で印象深かったのは、「人権という概念は確かに西洋で生まれた。それは、国家による過酷な弾圧という西洋の体験に基づくものである。西洋に限らずそれぞれの国で、それぞれの歴史の流れに従い生まれた人権思想がある。」との主張でした。考えてみると、日本でも歴史の中で生まれた独自の人権思想があるのではないか。特に戦後、もう戦争は嫌だ、国家の道具にはなりたくない、そして原爆は絶対に許さない、という、経験に裏付けされた力強い人権感覚というものが、日本人には確かにあるのではないか、と思い、少し目が覚める思いがしました。

 そういうわけで、憲法はアメリカに押し付けられただとか、自虐史観だとか、そういう話をする前に、日本人固有の過酷な体験から得た人権思想を、もう一度大事にしたらいいんじゃないかな、なんて思いを巡らせたりして、学生の身分ですので贅沢な思考の時間を楽しんでいるところです。

投稿者: 川崎合同法律事務所

2016.08.17更新

1. 原発事故は収束していない。
 連日、福島第1原子力発電所から、放射能に汚染された地下水が海に流出し続けていることが報道されています。原発事故は決して終わっていません。

2. 「原発ゼロへのカウントダウン IN かわさき」
 2012年1月、私たちは、脱原発を訴える集団・個人の連絡組織である「原発ゼロへのカウントダウン IN かわさき」を結成し、災害1周年の3月11日には、平和公園で1600名の集会を成功させました。その年11月には、東電との討論会、キャンドルデモを実施し、断続的に川崎ラゾーナ前の金曜日行動に取り組み、2周年の1400名の集会とデモの実施、7月の脱原発コンサートと精力的に運動を展開しています。仲間の中から、再生可能なエネルギーを市民の手で進めようというグループも結成され、活動の幅も広がってきています。

3. 参議院選挙後の情勢
 今年の7月の参議院選挙で、原発推進をかかげる自民党が多数の議席をとりました。政権は早速、前政権の「2030年代までに原発稼働ゼロ」政策の見直しに着手するとともに、「原子力発電の活用」をアベノミクスの「成長戦略」の一環として位置づけて、再稼働を急ぎ、海外に原発の輸出を強行しようとしています。原発事故の環境や人の命への影響の大きさを軽視しているとしか思えません。

4. 10月13日の統一行動に参加しよう
 10月13日12時に、全国組織三団体が、日比谷公園に集まり、統一行動をします。私たちも、川崎駅ラゾーナ前、登戸駅の広場、武蔵溝ノ口に、反原発の黄色いシンボルカラーを身につけて集まって、日比谷公園の行動に参加し、原発推進政策に歯止めを掛けたいと思っています。未来の子ども達に、安全な日本を託したいと願っている全ての方々に呼びかけます。一緒に行動しましょう。

投稿者: 川崎合同法律事務所

2016.08.17更新

私は、かわさき市民オンブズマンという団体の活動で川崎市の税金の無題使いを、監視する活動をしています。
 昨年6月、川崎市は川崎港に3基目のガントリークレーン(コンテナ荷揚げ用クレーン)を導入することを決めました。しかし、川崎港にはすでに2基のガントリークレーンがあり、その2基のクレーンも十分に活用できていないのです。すでに、あるものも十分活用できていないのに9億円もの税金をつぎ込んで新しいクレーンを作ることは、必要のないところに税金を支出する違法行為ですので、かわさき市民オンブズマンは川崎市に対して6月に住民監査請求を起こしました。
 住民監査請求のなかで我々が主張したことは、主に次の通りです。

(1) 需要がない
 川崎港のすぐ目と鼻の先には、横浜港、東京港という川崎港の100倍を超す国際コンテナの取り扱い実績のある港があり、川崎港にコンテナ船がよる必要がない。

(2) 今あるものでさえ過剰な施設である。
 川崎市の資料によれば、2011年度で川崎港コンテナターミナルのガントリークレーンが2基同時に動いた時間1年で累計10.5時間しかなく、年間のほとんどの時間片方のガントリークレーンしか動いていません。
 処理能力の点でも、現在の2基のガントリークレーンは年間処理能力12万5千TEUの3割に満たない年間コンテナ取扱実績3万2千TEUしか稼働していないのです。
 つまり、現状でも川崎港のガントリークレーン数は過剰と言えるような状態であります。

(3) クレーンを増やしてもコンテナ需要が伸びないことは明白
 今述べたとおり、述べたとおりクレーンの数は十分すぎるのであり、十分すぎるものを拡充しても、需要が伸びる訳はなく、クレーンを増やしても需要が伸びないことは明白です。

(4) 公共性がない
 2011年の川崎港のガントリークレーンの使用許可実績をみると、1社しか申請しておらず、川崎港コンテナターミナルは1社の為の施設となっています。
 市が税金を使って埠頭を整備することが許されるのは、市民の為にみんなが利用できる、公共性をもった埠頭が必要だからです。1社しか使っていない埠頭にもはや公共性はなく、これ以上市民の税金をつぎ込んで整備する必要はありません。

 しかし、川崎市はコンテナ需要が伸びる可能性があるとして、われわれの請求を認めませんでした。市民の税金の無駄使いを防ぐため、住民訴訟において更なる追求をしたいと思います。

投稿者: 川崎合同法律事務所

2016.08.17更新

 『日本国憲法を口語訳してみたら』(幻冬舎、塚田薫著)という本が昨年夏に出版されて話題になりました。みなさまも書店で単行本が平積みにされているのを見たことがあるのではないでしょうか。少し引用しますと、有名な憲法前文は「俺らはちゃんとみんなで選んだトップを通じて、うちらのそのガキのまたガキのために、ご近所さんと仲良くして、みんなが好きなことできるようにするよ。また戦争みたいなひどいことを起こさないって決めて、国の基本は国民にあることを声を大にして言うぜ。それがこの憲法だ。」などと口語訳されているようです。この内容はさておき、この本が全く憲法を知らない人にも手に取りやすい本であったことは確かでしょう。このような本が話題になっていることからも、現在、未だかつてなかったほど、憲法改正問題への国民の関心が高まっていることがわかると思います。

 今年7月の参議院選挙での自民党の勝利を受けて、憲法改正の恐れはますます高まっています。川崎合同法律事務所でも、今年の年明けから神奈川県の各地で企画された憲法学習会に講師として参加し、憲法の大切さ、改憲の問題点を皆様に伝えるべく頑張ってきています。

 今年になってから、参加者10名の小規模な学習会から、参加者100名を超える学習会まで、川崎合同法律事務所の弁護士が講師となった学習会は40回、参加者は1000名を超えました。学習会の内容は、主催者からの要望に合わせ、憲法の内容を紙芝居などを使ってわかりやすく解説する基本的なものから、集団的自衛権や自民党改憲案の問題点を参加者と討議し合うものまで様々です。参加者からは、「憲法がどのように国民を守り、権力を抑制しているかを再認識した」「96条は絶対に変えてはいけないと思う」などの声が寄せられました。

 最近は、憲法改正がニュースなどで取り上げられることも多いですが、疑問はありませんか?川崎合同法律事務所の弁護士が、みなさまの疑問にお答えします。ぜひ、身近な仲間と一緒に憲法学習会を開いて、私たちに声をかけてくださいね。

投稿者: 川崎合同法律事務所

2016.08.17更新

【双葉郡楢葉町】
 避難指示解除準備区域。宿泊は制限されているが、昼間は自由に行くことができる。但し、店もなく、人もいない。
 地震で屋根瓦が落ちたままの母屋は、雨水が入り放題。玄関を開けると、畳を突き破って丈高い草が生え、立派なキノコが成長していた。
 すぐ隣に新築した長男家族の家は、避難時の生活を残したまま無傷である。しかし、幼い子のいる長男一家は、もうこの家に戻ってこない。

【骨】
 数日だろうと、とにかく避難した。牛舎につながれ、取り残された牛。今は、大量の骨。骨は臭わない。肉と皮が腐っていたときの臭いは、想像を絶する。
 生き残った牛たちは、放射能に汚染された餌を食べた場合の影響を調査するために、わざわざ、さまざまな程度に汚染された餌を与えられて、生かされている。

【帰還困難区域】
 国道6号線が開通。沿道の民家の前は金属製の矢来で塞がれ、側道にも防御柵が。
 許可を得て防御柵内に入る。帰途。脇道までよく知った地元の道であるのに、人のいる防御柵をみつけなければ6号線に戻れない。どこが塞がれており、どこに人がいるのか、帰宅する住民には何も知らされていない。

【除染】
 除去された土壌など、放射性汚染物質は一立米くらいの黒いごみ袋様のものに入れられている。それらは、数百個単位で、元は水田だった、今はセイタカアワダチソウの群生地のそこここに野積みされている。

【海】
 よく釣りをした堤防は地震で数メートル沈下し、コンクリートが割れて海に没している。もう釣りはできない。津波の際、放置されたままの車。山積みされた船の残骸。祭りももうない。

【街】
 2年半前から、時間が止まっている。地震で壊れた家並。倒れたままのブロック塀。親しかった人たちの家。今は、誰もいない。

【帰宅】
 自分の家に帰るだけなのに、許可申請をし、防護服を着て、検問で身分証明書を提示する。
 元は自家菜園だった草地からたくさんの雉が飛び立つ。庭に散らばる小さな骨々は、これらの鳥が小獣に捕食されたものだろう。

【放射能】
 さまざまな種類の測定器をもち込み、帰宅する度に線量を測る。ほとんど下がっていない。

【双葉町】
 帽子、マスク、手袋。35度を超える猛暑の中、全身白づくめの防護服を着て、汗びっしょりになって除草剤を撒き、墓前に手を合わせる。

【生業を返せ、地域を返せ!】
 原発で利益を得ただろうという人たちもいる。しかし、全財産を、全人生を失っても良いほどのものではあり得ない。怒り。こんなことは、二度とあってはならない。

投稿者: 川崎合同法律事務所

2016.08.17更新


 1970年4月、大気汚染の激じん地、川崎合同法律事務所に入所。
 秋から、一年先輩の杉井厳一さん、大貫端久さん(東弁)、同期の岡村共榮さんと私は、公害病認定患者の名簿をもとに住宅地図に一軒一軒プロットして準備を整え、患者訪問活動を行うこととした。目的は、被害者救済と公害対策に関する患者要求の聞き取りで、この作業は、町内別小規模集会、要求のとりまとめ集会を経て、「38項目」要求としてまとめあげられた。
 地域に入り、患者の声を要求にまとめあげ、関係団体の協力を得て、川崎市交渉へと発展させていった。


 川崎の公害対策は、71年に成立した革新自治体の施策によって、一定の前進をみたものの、巨大汚染源のコンビナート群(固定発生源)の抵抗と自動車排ガス規制(移動発生源)の停滞によって、抜本的な改善は進まなかった。
 そうしたなかで、78年7月に環境庁がNO2環境基準の改悪を強行し、経団連がマル秘文書で公害健康被害補償法の廃止を唱えるところとなった。そこで、川崎でも、大阪・西淀川訴訟につづき、大量の原告団を組織して、裁判を提訴することとした。請求は損害賠償請求と大気汚染物質の排出規制・差止請求の2本柱。提訴後に、公害で破壊された地域の「環境再生とまちづくり」という運動上の要求も加えられた。


 82年3月に提訴。以後2次~4次と追加され、原告団は、440名に達した。弁護団団長は、矢島惣平さん。一審判決後、体調を崩したため、その後は、加藤満生さんが就任。
 裁判は、96年の企業和解まで14年余、99年の国和解までに、さらに2年半を要した。国との和解条項では、「公害の根絶」と「環境再生とまちづくり」をめざすこととして、被害者と加害者が対等平等に協議する場の「道路連絡会」を制度化した。
 和解後、原告団と弁護団は、前記目的を達するまで、「解散しない」と宣言し、現在に至ってもこの活動を継続している。
 ちなみに、国道15号、国道1号の環境にやさしい道路構造対策、道路沿道対策、緑化対策は目にみえた形で進行し、今は、自動車専用レーンづくりが進んでいる。
 川崎市交渉もこれと結合して進められ、地下街アゼリアや駅前広場の改造も行われ、駅前の平面横断も「社会実験」をふまえて実現させた(近々にも、川崎駅北口の大改造も開始される)。
 公害裁判勝利和解の成果は、こうした「まちづくり」の実践とも連動して現在進行形の形で進んでいる。
 従って、加藤団長以下、団員は「生涯」、川崎公害弁護団として取り組みを継続する「さだめ」となっている。

投稿者: 川崎合同法律事務所

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