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2022.10.21更新

NECD

 2021年12月23日、横浜地方裁判所は、原告のNECディスプレイソリューションズ株式会社(現、シャープNECディスプレイソリューションズ株式会社。以下、「会社」という)に対する地位を確認する原告勝利の判決を下した。本件は、大学新卒入社後、業務によって原告が適応障害(一時的に、ストレスを原因とした苦悩を生み、そのために気分や行動面に症状が現れる病気。憂うつな気分、不安感が強くなり、涙もろくなったり、過剰に心配したり、神経が過敏になる)を発症したところ、会社及び指定が、原告が発達障害(生まれつきの能力・発達に特徴があり社会生活上支障がでる障害)であると決めつけ、適応障害が治癒した後も、障害者としての雇用を希望しない限り、会社には復帰する職場がないとし、これに納得出来ないとする原告を休職期間満了による退職として、実質的に解雇したものである。本事件は、昨今の労働現場で急増している労働者の精神疾患による休業について、自らの労働安全衛生上の責任が問われるべき企業が、責任を労働者に転嫁し、休職制度を悪用して解雇規制を潜脱しようとしたもので、現代的な特徴がある。以下、本件の経緯、横浜地裁判決の判旨及び本件の社会的背景について、精神医学が社会的抑圧の手段として濫用される歴史も踏まえて報告する。


第1 休職制度を悪用した職場排除の経緯


1 原告の適応障害発症・悪化
(1)適応障害の発症
 2014年4月、原告は、大学新卒で正社員としてNECDSに入社した。入社後は、同僚や上司のと、業務に真面目に取り組んでおり、入社1年目の原告のコミュニケーション能力に問題がなかったことは、会社も認めている。もっとも、原告の仕事量や仕事内容は、新入社員である原告にとって、やむにやまれず残業をしなくては達成できないものであった。他方、上司は、残業時間規制のみを形式的に順守させようとし、原告の置かれた状況を理解せず、ただ叱責するのみで、原告は業務量と残業時間規制の板挟みになった。このような業務負荷に加えて、原告は、お酒が飲めないのに飲み会に参加せざるを得ない環境に放置されたというアルコールハラスメント、2014年12月の職場の忘年会でのお尻比べなどのセクシャルハラスメント、密輸行為に加担させられたこと等の精神的負荷を受けていた。これらにより、原告は、入社2年目になる頃には適応障害を発症するに至った。


(2)会社は原告の発症理由に対する訴えに何ら対策をせず悪化していったこと
 発症後の入社2年目の2015年6月の会社定例の産業医面談時には、原告は、どんな辛いことでも耐えるしかないと、その追い詰められた心理状態について、涙ながらに訴えていた。このとき、会社は、当時の原告の状態を受け止め、配慮した働き掛けをすることによって改善する機会があったにもかかわらず、「飲み会幹事役がしんどいなら代わっていいことを投げかけた」程度のことしかしなかった。当時、会社社内でもマネジメント不足が原告の症状の原因である可能性が指摘されていた。しかし、会社の産業看護師が「大人の発達障害の疑い」を指摘し、原告側に責任転嫁する発言をしたことに端を発し、会社は、原告を発達障害と決めて動くようになった。原告は、会社に何を言っても無駄だと絶望し、ただ黙って耐えながら仕事をするしかないと心を閉座さざるを得なくなるほどまで追い詰められ、正常なコミュニケーションが困難な状況となった。その後も、会社は、原告の業務量を減らす等の原告の心身への適切な配慮をしなかった。会社は、原告が過精神的ストレスを受け続けるのを漫然と放置した結果、適応障害の症状を悪化させており、症状の悪化の原因は会社のマネジメント不足にある。しかし、2015年12月19日、会社の上司らは原告の意に反して、4人がかりで原告の両手両足を掴んで宙吊りにし、約百メートルにわたって移動して、職場から閉め出すという、暴力的に職場から排除するという暴挙に至った。


2 会社は指定医と共謀して原告を発達障害と決めつけて退職に追い込んだ
  会社は、原告を職場から排除をした後も、発達障害を対象としたリワークプログラムを受講させ、指定医に対して、原告の同意なく、初診に先立ち会社の一方的見解を送り付け、その後も、事実無根のことを伝えて、発達障害であると所見を固めさせた。そして、会社と指定医は秘密裡に連絡をとりあいながら、障害者雇用に追い込む意図を共有し、発達障害であることを前提とする診療情報提供書を指定医に作成させた。指定医が作成した診療情報提供書には、「傷病名」として「能力発達に元々特性があり、業務に支障をきたす人」と記載されており、これは発達障害の定義に他ならない。指定医は、発達障害の確定診断のため、必要な検査も行っておらず、医学的に承認された診断基準も満たしていなかった。このため、医学的には、発達障害などと診断することは不可能であった。それにもかかわらず、指定医は、会社から、依頼を受け、会社が原告に対して職復帰を拒絶する根拠として使用することを知り、あるいは、少なくとも、予見可能な状況で、これを作成して提供したものであった。
 そして、会社は、指定医の作成した発達障害を意味する診療情報提供書を受容し無い限り、復職を認めない態度をとり続けた。これは、原告にとっては、会社での雇用を諦め、障がい者雇用を受容することになり、応じることの出来ない条件であった。結局、会社は、電機・情報ユニオンとの労使交渉の末、一方的に休職期間満了での退職の通知を行った。


3 発達障害を理由とした解雇規制の潜脱
  弁護団は、本件の提訴のときから、指定医の診療情報提供書は、発達障害の確定診断をするために必要な検査も行っていなければ、診断基準も満たしていないことを指摘した。さらに、提訴後、わが国において発達障害の臨床医学を代表する医師である市川宏伸医師の診察で必要な検査を受け、ICD-10等の医学的に承認された診断基準に照らして、原告が発達障害ではないと正式に診断した意見書を提出した。訴訟において、専門医による適切な診察の結果、原告が発達障害にり患していないことが確定的となり、追い詰められた会社は、原告に「何らかの精神疾患による健康状態の悪化により業務遂行に必要なコミュニケーション能力、社会性等を欠く状態となり、労働契約における債務の本旨に従った履行の提供ができない状態になったこと」を休職事由として主張するに至った。このような主張は、会社が休職制度を悪用し、実際は労働法の解雇規制を潜脱しようとする本音が表れたものである。
  発達障害は、その要素は「どんな人でも」持っており、「特性の濃い人から薄い人までグラデュエイション」があるという特徴がある。このため、「発達障害」の診断基準を満たさないため、「疾病」とは診断出来ない場合でも、その「特性」故に、病気が再発する恐れがある等として、元の職場に復帰させることを拒絶することが容認されるようなことがあれば、使用者は、脱法的に、好ましくないと考える労働者を、事実上、解雇することが出来るようになる。そのようなことが黙認されるなら、企業は好ましくないと考える労働者に対して、意図的に、業務上、人間関係上、高ストレスの負荷を与えることで、労働者をメンタル疾患に陥れ、後は、誰もが有する発達障害の特性を問題とすることで、脱法的に、労働者を事実上解雇出来ることになる。かかる新たな解雇規制の潜脱の手法は、到底許されない。

第2 横浜地裁判決の要旨 
  弁護団の「休職制度を悪用した解雇規制の潜脱は許されない」という訴えに対して、横浜地裁判決は、正面から答え、労働者の保護のため休職制度を悪用した解雇規制潜脱の手法を断じ、地位確認を認容した。


1 判決文要旨
 「復職の要件とされている「休職理由が消滅した」とは、原告と会社との労働契約における債務の本旨に従った履行の提供がある場合をいい、原則として、従前の職務を通常程度に行える健康状態になった場合をいうものと解するのが相当である。」
 「もっとも、職務を通常の程度に行える労働能力を欠くことは、いわゆる普通解雇の解雇理由ともなり得る」
「従業員が私傷病により休職したときに、その復職の要件である「従前の職務を通常の程度に行える健康状態」を、当該従業員が私傷病により労働能力を欠くことになる前のレベル(以下「私傷病発症前の職務遂行のレベル」という。)以上の労働が提供できることになったことを意味する」
「私傷病発症前の職務遂行のレベル以上のものに至っていないことを理由に休職期間満了により自然退職とすることは、いわゆる解雇権濫用法理の適用を受けることなく、休職期間満了による雇用契約の終了という法的効果を生じることになり、労働者の保護に欠けることになる。」
 「原告の休職理由である適応障害から生じる症状とは区別されるべき本来的な人格構造又は発達段階での特性が含まれており、休職理由に含まれない事由を理由として、いわゆる解雇権濫用法理の適用を受けることなく、休職期間満了による雇用契約終了という法的効果を生じさせるに等しく、許されないというべきである」

2 判決の評価
  我が国において、労働者の闘いに応え、裁判所が判例として確立してきた解雇規制法理は、労働契約法で実定法化されるに至っている。これに対して、企業は、正面から解雇規制法理を突破するのは困難であるため、潜脱目的では新たな首切り手法を生み出してきた。
  解雇規制潜脱の手法は、電機・情報ユニオンに寄せられた相談等からは、以下の3類型がみられると考える。まず、①組織的に計画された退職強要面談等を繰り返して精神的に追い込み自主退職に追い込む手法(同じく電機・情報ユニオンの組合員が原告として当弁護団が担当した日立製作所退職強要事件令和2年3月24日横浜地裁判決等 判例時報2481号75頁)、②業務で高いストレスを加えて精神疾患を発症させ、休職、そのまま退職に追い込む手法、③そして、休職事由となった精神疾患が寛解し復職可能な状態にもかかわらず、会社の意を受けた産業医・指定等が精神疾患とレッテル張りをし退職・障害者雇用に追い込む手法である(神奈川SR経営労務センター事件平成30年5月10日横浜地方裁判所判決 労判1187号39頁、当事件は「ブラック産業医」問題としてキャンペーンを行った)。本件は、第3類型に該当し、高いストレスの労働現場で、一度、メンタル系疾病に罹患した労働者については、障がい者である等の口実を設けて職場から排除し、最終的には休業期間満了で退職させるという精神疾患を利用した解雇規制潜脱の手法が、典型的に現れた事件である。本判決は、このような新たな手法の問題点を明らかにし、「当該傷病とは別の事情」を理由に「休職期間満了により自然退職とすること」は、「解雇権濫用法理の適用を受けることなく、休職期間満了による雇用契約の終了という法的効果を生じさせることになり、労働者保護に欠ける」として、脱法的手法を断罪し、休職期間満了による退職を無効としたものである。本判決は、裁判所として、長年労働者の闘いに応えた司法の確立してきた「労働者保護」のための「解雇規制」の潜脱を看過せず、法の番人としての職責を果たそうとする司法として矜恃を示した判決と評価できる。

 

第3 本件の社会的背景
1 急増するメンタル疾患者に対しての復職支援が社会的問題
  わが国において、精神疾患の急増と、休職者への復職支援は社会問題となっている。厚生労働省の労働安全衛生調査(2020年)によると、過去1年間にメンタルヘルス不調を理由に連続1ヵ月以上休業した労働者又は退職した労働者がいた事業所割合は、平均で9.2%、退職した労働者は3.7%もおり、メンタル不調は、労働者の休職・退職の原因となっている。休職する労働者の割合を産業別に見ていくと、情報通信業、電気・ガス・熱供給・水道業、学術研究、専門・技術サービス業、複合サービス事業が高くなっており、特に情報通信(休職24%・退職12%)とストレスが高く、休職後・退職する傾向がみられる。厚生労働省においても、「心の健康問題により休業した労働者の職場支援手引き」が制定され、各企業において復職支援が進められているところである。 

 
2 精神医学が社会的抑圧の手段として濫用される歴史
  精神疾患の場合は、身体疾患と異なって、精神疾患の根拠となるような身体的異常が未だ見出されていないことや、そもそも病気なのかということが問題になってくるなど、未だ客観的・科学的には解明しきれていない分野という特性がある。その結果、精神医学が、社会にとって好ましくない者に対する社会的抑圧の手段として濫用される危険という問題が古くからあった。旧ソ連では、理想的な政治形態とみなされていた共産主義に反抗することは『狂気』の表れと考えられ、不活発型統合失調症(slggish schizophrenia)という診断の下に、政治犯の実に1/3が精神病院に強制的に収容され、抗精神病薬の投与などによって『治療』を試みられていたという歴史を経験している。
  このような労働問題と精神医療の問題については、わが国でも、1960年代の産業医制度の創設時点から、会社にとって好ましくない労働者を病気であるとして排除する制度になる危険性が指摘され、「治療とはいいつつ、精神科医は不調者を結局は排除する役割を担い、企業の経営合理性に利するものにしかならないのではないか。さらに、むしろ企業にとって不都合な人員を恣意的な診断によって放逐するようなことにさえ手を染めているのではないか」(荻野達史「産業精神保健の歴史ー1950年代~現在まで」)という批判が、盛んに行われてきた。
  特に、現代も、「我々は現在、『ブラック企業』『追い出し部屋』という言葉に象徴される現象として、一定数の企業が人員削減をとくに『自己都合退職』の形で進めるために様々な“手法”を用いていることを改めて知るようになった。こうした状況のなかで、産業精神保健に関わる活動やその知識・情報が、不適切に利用される、もっといえば“悪用”される危険性について考えないとすれば、それも楽観的に過ぎるだろう。」(萩野達史 同論文)と指摘されているところである。
 ところが、2006年の安衛法改正とメンタルヘルスに関する新ガイドラインの制定により、職場の安全衛生確保の徹底が社会問題となり、その担い手としての産業医の役割が大きく位置づけられるなど、産業医に対する役割・期待が増大する一方で、会社にとって好ましくない労働者を病気であるとして排除する制度になる危険性という問題が忘れられ、資本の論理に飲み込まれないよう職務を全うすべきことの緊張感が薄らぎ、産業医制度創設時に盛んに議論された危うさの問題がそのまま表面化してきているといわざるを得ない。


3 急速に広がる「発達障害」の病名を利用しての職場からの排除
  以上のような労働問題に対する精神科医の関わりの問題状況にあって、とりわけ、慎重でなければならないのが、発達障害に関わる問題である。発達障害は、それまでは精神疾患とはとらえられていなかったものが、近年、精神医学的に疾患と捕らえられるようになったものであり、かつ、治癒を前提としない障害として、一時的な疾病とは異なった位置づけを与えられるからである。発達障害有病率は、三十年ほど前までは、一万人に数人と言われていたが、調査が行われるたびにその数が増え、2000年頃には、1000人あたり7~8人と言われるようになり、さらに最近の調査では、百人に、1.4人と、ついに1%を突破しており、数十倍にも増えた急増している傾向にある。急上昇の原因として、定型発達からはずれれば、すべて「発達障害」に見えてくるため、競うように「発達障害」の診断が下された結果、濫用的な過剰診断がなされている。「発達障害」の病名の広がりの一方で、それぞれの「発達の個性」まで「障害」であり社会的に排除される風潮が危惧されている。そのため、「発達障害」の診断を的確に実施すべく、近年では、診断アセスメントツールが開発されている。
しかし、本件において、指定医は、必要な検査や診断をほとんど行わずに、原告を「発達障害」という障害者とし、会社の職場排除に加担した。本件では、今、急速に社会にひろがっている「発達障害」の病名を悪用し、労働者を障害者扱いにし、退職に追い込む手法が用いられたものである。


4 指定医の責任
  前述のとおり、メンタル疾患を契機とする脱法的解雇には、会社の意向を汲んだ会社の産業医や指定医の関与が散見され、問題とされてきたため、本件では指定医の注意義務違反についても、正面から責任を追及した。しかし、指定医の責任について、横浜地裁判決は、「就業規則上、原告の復職の可否を判断するのは被告会社であり、主治医として患者の復職が認められず退職に至らせる蓋然性のあるような医学的意見を述べてはならない旨の義務が一般的に存在するものとは解されない」「当該患者を退職又は障害者雇用に追い込む目的で殊更偏頗又は著しく不合理な意見を述べるといったような事情がない限り、主治医の診療情報提供書の記載に注意義務違反が認められることはないと解される」と、指定師の注意義務違反の立証について高いハードルの定め、指定医の義務違反を認めなかった。横浜地裁判決は、精神科医療が差別に悪用されてきた歴史の中での本件の位置づけを正解せず、安易に医師を免責しており、問題のある判決である。


第4 最後に
  横浜地裁判決に対して、会社は控訴をせず、現在復職条件についての団体交渉が会社と電機・情報ユニオンの間で進められている。電機産業界では、 2011年ころから電機リストラの嵐が吹き始め、既に64万人にも及ぶ正規労働者がリストラされているが、未だに終息を見ることがない。対象とされた労働者は、組織的に強い精神的負荷をかけられて、退職を迫られている。原告と弁護団は、原告が所属する電機・情報ユニオンと共にその実態を告発し、本判決を梃子に、原告の職場復帰を実現すると共に、脱法的手法による不当なリストラのない社会を目指して奮闘したい。 


弁護団:藤田温久、川岸卓哉、畑福生(川崎合同法律事務所)、高橋宏(横浜合同法律事務所)

(本原稿は「季刊・労働者の権利」2022年7月号に寄稿した原稿です)

投稿者: 川崎合同法律事務所

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